
近年、スマートフォンや各種アプリの普及に伴い、出会いの手段としてマッチングアプリを利用することが一般的となりました。しかしその一方で、「配偶者がマッチングアプリで知り合った相手と不倫していた」「マッチングアプリで独身と信じて交際していた相手が実は既婚者であり、突然その配偶者から高額な慰謝料を請求された」といった、アプリを端緒とする男女トラブルや不貞慰謝料請求のご相談が急増しています。
マッチングアプリを通じた不貞問題は、職場恋愛や従来の知人関係における不貞トラブルとは異なり、「相手の素性が分からない」「既婚の事実を隠蔽・偽装しやすい」「やり取りが容易に消去できる」といった特有の性質と難点を含んでいます。
本コラムでは、不貞慰謝料請求の基本的な法的仕組み・相場を整理したうえで、マッチングアプリの相手に不貞慰謝料を請求する際に生じる特有の問題点と実務上の対処法について、弁護士の視点から徹底的に解説します。
不貞慰謝料請求の概要と法的要件

配偶者の浮気や不倫が発覚した際、法律上慰謝料を請求できる根拠となるのが民法709条に定める「不法行為」です。
日常会話における「浮気」「不倫」という言葉は、「2人きりで食事に行った」「好意を伝える連絡を取り合っていた」「手をつないでデートをした」といった行為まで幅広く指すことがあります。しかし、法律上における不貞行為とは、原則として「自由な意思に基づいて、配偶者以外の者と性的関係(肉体関係、またはこれに類する性交類似行為)を結ぶこと」を意味します。
したがって、マッチングアプリで知り合い、頻繁に好意的なメッセージを交わしていたり、複数回食事デートを重ねていたりした事実があるだけでは、直ちに法律上の「不貞行為」とまでは認定されないケースが実務上一般的です。
不貞行為の責任構造(共同不法行為と不真正連帯債務)
不貞行為は、行為を行った「配偶者」と「不貞相手」の2人が共同で行う不法行為(共同不法行為)です。これにより生じる慰謝料支払義務は、法律上「不真正連帯債務」と呼ばれます。
被害を受けた配偶者は、配偶者に対して全額を請求することも、不貞相手に対して全額を請求することも、あるいはその双方に請求することも法的に自由です。ただし、被害配偶者が受けた精神的苦痛の二重取りは認められません。全体の損害額が200万円と評価される事案において、配偶者からすでに200万円の支払いがなされている場合、不貞相手に対して重ねて満額の支払いを求めることはできなくなります。
裁判における不貞慰謝料の相場
裁判実務における不貞慰謝料の金額相場は、おおむね50万円〜300万円程度とされています。慰謝料の額は固定されているわけではなく、不貞発覚後の夫婦関係への影響度合いによって大きく左右されます。
- 不貞が原因で離婚・別居に至った場合: 150万円〜300万円程度
- 離婚せず、婚姻関係を継続・再構築する場合: 50万円〜150万円程度
婚姻期間の長さ、未成熟の子どもの有無、不貞関係が継続した期間や回数、不貞態様の悪質性、発覚前の夫婦円満度などが総合的に考慮され、最終的な金額が判断されます。
相手がマッチングアプリの相手である場合の問題点

配偶者の不貞相手がマッチングアプリで知り合った人物である場合、職場や学生時代の知人といった従来のケースには見られない、特有の法的・実務的ハードルが立ち塞がります。
不貞相手の「氏名・住所」が特定できない問題
職場不倫であれば相手の氏名や勤務先、生活圏を把握していることが多く、内容証明郵便の送付や法的措置がスムーズに進みます。しかし、マッチングアプリではニックネームや偽名が日常的に用いられており、判明している情報が「アプリ内の表示名」「LINEのアカウント名」程度しかないケースが少なくありません。
慰謝料請求を行うためには、相手方の「本名」と「現住所」を特定しなければ、通知書の送付も裁判所への提訴も行えません。相手が警戒してアカウントを削除したりLINEをブロックしたりした場合、手がかりが完全に途絶えてしまう危険性があります。
「既婚者と知らなかった(善意無過失)」という反論
不法行為に基づく損害賠償責任を相手方に追及するためには、不貞相手に「故意」または「過失」が認められる必要があります。すなわち、相手方が「既婚者であることを知っていた(故意)」か、あるいは「注意を払っていれば既婚者であると気づけたはずである(過失)」という要件を満たさなければなりません。
マッチングアプリを利用した不貞事案において、不貞相手側から最も頻繁になされる典型的な反論が「独身だと騙されていた」「既婚者だとは夢にも思わなかった」という主張です。 多くのマッチングアプリでは利用規約上「独身限定」と定められているため、不貞相手としては「独身者専用のサービスで出会った以上、相手が独身であると信じるのは当然であり、自分に落ち度(過失)はない」と主張してくることになります。
この点に関し、アプリ上のプロフィール欄に「独身」「未婚」と虚偽の記載がなされていたり、相手の自宅に一切立ち寄らせずに「実家暮らし・一人暮らし」と嘘をつき通していたりした場合、裁判所において不貞相手の故意・過失が否定され、慰謝料請求が棄却されるリスクが生じます。
性的関係(不貞行為)の証拠確保の難しさ
近年はメッセージが自動消滅するチャット機能や、手軽にトーク履歴を消去できるツールが用いられることも多く、配偶者に不審な素振りを見せた途端にトーク履歴やマッチング履歴が一括削除されてしまう事態が頻発します。
裁判で不貞を立証するためには、単に親密なメッセージをやり取りしている事実だけでは足りず、「ラブホテルへの出入り写真・動画」「宿泊を伴う旅行の記録」「性交渉そのものを直接裏付けるメッセージや自白記録」といった客観的証拠が不可欠となります。
不貞相手にも配偶者がいる「W不倫」と求償権のリスク
マッチングアプリの中には、既婚者であることを公然または暗黙の了解として利用する既婚者向けアプリや、既婚者が独身と偽って登録しているケースが多々あります。その結果、浮気相手もまた家庭を持つ身である、いわゆる「W(ダブル)不倫」に発展しているケースが散見されます。
W不倫の場合、安易に不貞相手個人へ慰謝料を請求すると、不貞相手の配偶者からご自身の配偶者に対しても同等の慰謝料請求がなされるという「請求合戦」に発展します。また、不貞相手が慰謝料全額を支払った後に、自身の配偶者に対して「負担割合分(原則2分の1など)を返還せよ」と求めてくる「求償権(きゅうしょうけん)」を行使されるリスクもあります。夫婦関係を維持してやり直そうと考えている場合、世帯全体で見るとお金が巡回するだけで経済的メリットが相殺されてしまう落とし穴が存在します。
被害配偶者側:マッチングアプリの不貞相手へ請求を進める手順

配偶者のマッチングアプリ利用による不倫が発覚し、不貞相手に対して正当な慰謝料請求を行う場合の具体的な進め方を解説します。
ステップ1:相手に気づかせる前の「証拠保全」
最も重要な鉄則は、「配偶者や相手を問い詰める前に、客観的な証拠を確実に手元に確保すること」です。問い詰めてしまえば、配偶者は即座にアプリをアンインストールし、メッセージやアカウントを消去して隠蔽を図ります。
- アプリ内の画面保存: 配偶者のプロフィール画面(既婚・独身の別、自己紹介文)、相手とのマッチング画面、メッセージのやり取りを、自身のスマートフォンで撮影または画面保存しておく。
※相手のスマホのパスワードを強引に解除して盗み見る行為はプライバシー侵害に問われたり、場合によって不正アクセス禁止法違反等に該当するリスクがありますので注意が必要です。 - 連絡先・アカウント情報の記録:交換したLINE ID、電話番号、SNSアカウントなどを控える。
- 行動記録・支出の追跡: クレジットカード明細(ホテル代、2人分の飲食代)、ICカードやETCの利用履歴、外出時の日時と行動のメモを残す。
- 探偵・調査会社の活用: 自力でホテルへの出入り等を押さえることが危険・困難な場合は、興信所等のプロに依頼して裁判で争いの余地のない調査報告書を作成しておくことが極めて有効です。
ステップ2:弁護士を通じた「相手方の身元特定」
相手の氏名や住所が不明であっても、電話番号や利用していた通信キャリア、あるいは自動車のナンバープレート等の情報があれば、弁護士法23条の2に基づく「弁護士会照会(23条照会)」制度を活用することで、通信会社等から相手の氏名や契約者住所の開示を受けられる場合があります。個人では照会に応じてもらえない情報であっても、法的手続きを踏むことで相手を特定できる可能性が大きく高まります。
ステップ3:故意・過失を裏付ける材料の精査
「独身だと思っていた」という言い逃れを打ち破るため、以下の客観的事実を精査・反論材料として組み立てます。
- 自宅へ一度も招かれたことがない、あるいは宿泊を常に拒絶されていた事実
- 結婚指輪の跡、所持品や会話の端々から既婚者であることが容易に推認できた事情
- メッセージ内で「奥さん」「家庭」「子ども」に関する言及がなされていた痕跡
アプリ上で「独身」と表記されていたとしても、交際を深める中で既婚であることを察知し得た事情(注意義務違反)を多角的に主張することで、相手の「過失」を立証していきます。
ステップ4:内容証明郵便による請求と示談交渉
身元と証拠が固まった段階で、弁護士名義で相手方に内容証明郵便を送付し、不貞慰謝料の支払いを請求します。当事者間で直接交渉すると、感情的な対立や脅迫・名誉毀損等の二次トラブルを招く危険性がありますが、弁護士が代理人となることで法的な争点に絞った冷静な交渉が可能となります。
示談が成立した際には、慰謝料の金額・支払期日のみならず、「接触禁止条項」「求償権の事前放棄」「口外禁止(SNS投稿等の禁止)」「清算条項」を網羅した法的効力のある示談書(合意書)を取り交わします。
マッチングアプリ不貞トラブルにおける示談書の重要条項
示談交渉において合意に至った場合、口約束や簡易なメモで終わらせず、不備のない「示談書(合意書)」を作成して完全に紛争を清算することが極めて重要です。マッチングアプリ特有のトラブルを再発させないため、以下の条項を必ず盛り込みます。
| 重要条項 | 内容と実務上の意義 |
| 金銭支払条項 | 慰謝料の正確な金額、支払期日、振込先口座、振込手数料の負担者を明記する。分割払いの場合は「期限の利益喪失条項」を付す。 |
| 接触禁止条項 | 私生活・仕事上を問わず、直接の面会、通話、メール、LINE、SNS等の一切の連絡・接触を禁止する誓約。違反時の違約金規定を設けることで再発を抑止。 |
| 連絡先の削除 | 相互の連絡先削除を約束させる。 |
| 求償権の放棄条項 | 支払う慰謝料に関し、不貞配偶者に対して将来一切の求償権を行使しないことを明確に取り決め、家計循環を防ぐ。 |
| 口外禁止・秘密保持条項 | 本件の事実や合意内容を第三者、親族、職場等に口外すること、およびインターネットやSNSへ投稿することを一切禁止する。 |
| 清算条項 | 当事者間に本合意書に定めるもののほか、何らの債権債務が存在しないことを相互に確認し、将来の紛争を遮断する。 |
不貞慰謝料問題を弁護士に依頼するメリット

マッチングアプリに端を発する不貞問題は、匿名性の壁や故意・過失の争点、求償権の錯綜など、一般的な不貞事件以上に高度な法的判断を要します。弁護士へ依頼することにより、以下の実務的メリットを得られます。
- 直接対面・直接交渉の精神的負担をゼロにする: 弁護士が受任通知を送付した時点で、相手方との交渉窓口はすべて代理人弁護士となります。直接の連絡や脅迫めいた督促を受けることなく、平穏な日常生活を維持できます。
- 公的照会制度を用いた迅速な身元特定: 弁護士会照会等を駆使し、手元にある限られた情報から相手の氏名・現住所を合法的に割り出します。
- 法的根拠に基づいた適正額での解決: 裁判例と事案の個別事情に即した適正な慰謝料額を算定し、相手の過大な言い値に屈することなく、正当な賠償金の獲得や大幅な減額を実現します。
- 将来の再発・紛争リスクを断つ完全な合意書の作成: 接触禁止や求償権放棄、秘密保持を盛り込んだ完全な書面を作成し、将来的な二次トラブルを未然に防止します。
マッチングアプリを介した不貞問題に直面された際は、一人で抱え込まず、早い段階で男女問題・不貞トラブルに精通した弁護士へご相談いただくことを強くお勧めいたします。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 椎名慧
離婚・不倫慰謝料
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所所属、埼玉弁護士会所属の弁護士。令和7年登録後、離婚案件を中心に多数の家事事件に対応。依頼者の心情に寄り添った丁寧なヒアリングと、迅速な紛争解決の実務に精通している。夫婦間で激しい感情の対立がある状況において、粘り強い交渉力を発揮し、円満な解決に向けた法的支援に注力。若手ならではの機動力と最新の判例知識を武器に、依頼者の最善の利益確保に邁進している。







